中国『契約行政監督管理弁法』
『中国民法典』は、「当事者が契約を利用して国の利益、社会公共の利益を害する行為を実施する場合、市場監督管理及びその他の関連行政主管部門は、法律、行政法規の規定に従い監督し処理する責任を負う」としている※1。かかる規定に基づき、国家市場監督管理総局(SAMR)に、契約を利用した違法行為に対する取締り権限が与えられている。
工商行政管理総局(2018年よりSAMRに変更)は、2010年10月13日に『契約違法行為監督処理弁法』(以下「旧弁法」という)を公布し、旧弁法に基づく監督が行われていた。旧弁法には、契約による違法行為の禁止、約款を利用して消費者の責任を加重したり事業者自らの責任を免除したりする行為の規制、契約違法行為を行った場合の処罰条項が定められているものの、監督管理(行政指導レベル)に関する規定は充実しておらず、近年急拡大している中国の消費者市場に対応できていないとの指摘があった。
そこでSAMRは、2020年に旧弁法の修正に着手し※2、2023年3月に『契約行政監督管理弁法(意見募集案)』を公布し、関連当局及び各地方の意見募集を経て、同年5月28日に、『契約行政監督管理弁法』(SAMR令第77号、以下「弁法」という)を公布した(施行日は2023年7月1日であり、旧弁法は同時に廃止される)※3。
弁法は合計23条からなり、契約による違法行為※4及び定型約款(中国語は「格式条款」)を利用した消費者利益の侵害行為の内容を整理するほか、当局によるモデル契約書(中国語は「合同示範文本」)の作成と利用の推奨、監督管理に関する規定の修正等を行っている。本稿では、弁法の修正ポイントを紹介する。なお、特に表記しない場合、引用条文は弁法の該当条文を指すものとする。
■ 契約を利用する詐欺行為について
旧弁法は、契約による違法行為を、「自然人、法人又はその他の組織が契約を利用し、不法な利益を得ることを目的として、法律法規及び本弁法に違反する行為」と定めていた。
これに対し、弁法は、契約違法行為の定義条項を削除したうえで、契約違法行為の主体を事業者に限定している。また、契約による違法行為に対して監督管理を行う場合、契約の民事法的効力について認定してはならず、当事者の民事責任に影響を及ぼさない旨を定めるなど(第22条)、行政機関の民事不介入の原則を明らかにしている。
また、契約違法行為の一つである詐欺行為について、旧弁法では、「契約の目的物を偽り、又は商品の仕入れ先もしくは販売ルートを偽って、他人を誘導して契約を締結させ又は履行させること」、「悪意により事実上履行不能な条項を設定し、相手方当事者を契約履行不能に陥れること」など10類型の行為を規定していた。
これに対し、弁法は、①契約当事者の主体を偽り、又は他人の名義を盗用若しくは冒用して契約を締結する行為、②契約を履行する能力がないにもかかわらず、契約を締結するよう相手方を誘惑欺罔して契約を締結させる行為、③契約の目的の実現に重大な影響のある情報を故意に隠蔽して相手方と契約を締結する行為、以上3類型に該当するような契約締結を行うことが詐欺行為にあたると限定した。
これは、弁法の立法趣旨(契約を利用した国の利益又は社会の公共利益を害する違法行為に対する監督管理、第4条)」からすると、管理対象となるのは契約の締結行為に限られ、契約の履行自体は、管理の対象外となることが理由である。
■ 定型約款に対する規制の詳細化
旧弁法では、事業者が消費者との契約で定型約款※5を採用する場合、事業者の責任免除、消費者の責任加重・権利排除に関する条項を禁止し、これに違反した場合、最大3万人民元の過料等が課される旨を規定していた。
この点に関し、『民法典』と『消費者保護法』では、定型約款を提供する当事者は、公平の原則に則り、当事者間の権利及び義務を確定しなければならず、自己の責任を免れ、又は軽減する等の相手方にとって重大な利害関係のある条項につき、合理的な方式を講じて相手方に注意喚起しなければならないこと、並びに、消費者の権利を排除又は制限し、責任を加重する条項は無効であると定めている※6。
弁法では、合理的な方式として、「個別の通知、太字、ポップアップウィンドウなどの顕著な方法」を例示するとともに、「商品又はサービスの量と質、価格、履行期限と方法、安全上の注意とリスク警告、アフターサービス、民事責任」など、消費者に重大な利害関係のある内容の説明義務があること及び定型約款に関して事業者が最終的な解釈権を有する旨の条項が含まれてはならない旨が規定されている(第6条~第8条)。
また、事業者の責任を軽減又は免除させる約款として、①提供する商品又はサービスについて法に基づき負う保証責任(修理、再製作、交換、返品、数量の補充、代金の返金等)の免除、②契約の性質及び目的に応じて履行すべき協力、通知、秘密保持等の義務を免除又は軽減させること、③消費者が法に基づき違約金や損害賠償を請求する権利を排除又は制限することなどが例示されている(第7条1項3号、同条5号、第8条1項5号)。
■ モデル契約書の制定及び公開
『民法典』第470条2項は、「当事者は各種のモデル契約書を参照して契約を締結することができる」と定めている。
弁法では、省級以上の市場監督管理総局に、専門家評審委員会を設置し、専門家の意見に基づき特定業界又は分野に適したモデル契約書を制定し、公開することが義務付けられている(第13条、16条)。これを受けて2022年6月、SAMRの公式サイトに、全国モデル契約書データベースが開設され※7、市場監督管理部門及びその他の関係部門、各地方が制定したモデル契約書計500件以上が収録されている。その内容には、ネット取引、物件売買、農業生産、交通運輸、養老サービス、教育等の分野が含まれている。
モデル契約書を参照して契約を締結することにより、契約を利用した違法行為が未然に防止され、契約紛争を減少させることが期待されている。
■ おわりに
契約を利用した違法行為に対し、行政処罰が下された場合、国家企業信用情報公開システムに情報が公開される可能性があり、過料も従来の最大3万人民元から最大10万元に引き上げられている(第18条、第20条)。
弁法の施行に伴い、行政機関の監督管理が厳格化される可能性がある。そのため事業主は、モデル契約書や弁法の内容に留意すべきであり、特に定型約款については、消費者への注意喚起等、必要となる対応を行う必要がある点に注意を要する。
※1 『中国民法典』(2021年1月1日施行)第534条。なお、『中国契約法』第127条にも同様の規定が置かれていた。
※2 https://www.samr.gov.cn/hd/zjdc/art/2023/art_d115368685f24514847b5fdc870e241a.html
※3 https://www.samr.gov.cn/zw/zfxxgk/fdzdgknr/fgs/art/2023/art_f747a472a1e942b3a86803f7147bd203.html
※4 行政機関による処分事例として、例えば、事業者が部品の生産地を説明せず、中国産ではなくスウェーデン産であると消費者に誤認させたケース(滬市監虹処【2021】092020000938号)、不動産取引の手数料を少なくするため、契約書上の売買金額を実際の取引金額より低く記載すること(黄市監案処字【2015】第010201410705号)等がある。
※5 定型約款とは、当事者が繰り返して使用するために予め制定し、かつ契約締結時に未だ相手方と協議していない条項をいう(民法典第496条1項)。
※6 『民法典』第496条2項、497条、『消費者保護法』第26条2項~3項。