知的財産権の濫用による競争の排除又は制限行為に関する規定の改正
中国独占禁止法(以下「独禁法」という)は、知的財産権を濫用して競争を排除し、又は制限する行為に同法が適用されるとしている(独禁法2022年改正法第68条、改正前第55条)。これを受けて元国家工商管理総局(現国家市場監督管理総局(SAMR))は2015年に、『知的財産権の濫用による競争の排除又は制限行為の禁止に関する規定』(以下「旧規定」という)を公布及び施行した※1。旧規定は、知的財産権分野における独占合意、排他的取引、抱き合わせ販売等の独占行為を例示し、独占合意に関するセーフハーバー・ルール、不可欠施設の法理及び標準必須特許等について初めて規定を設けた。その後、2018年に独禁法執行機関がSAMRであることを明確にし、2022年の独禁法改正により、法違反行為に対する罰金上限額の大幅な増額、垂直的独占協定に係るセーフハーバー・ルールの創設、禁止対象の拡大等、重要な変更が加えられている。
独禁法の改正を踏まえ、SAMRは旧規定を修正するため、2022年6月27日に意見募集稿を公示した。そして、関連当局及び各地方の意見募集を経て、2023 年6月25日に改正規定(SAMR令2023年第79号、以下「改正規定」という)を公布した。改正規定の施行日は2023年8月1日であり、旧規定は同時に廃止される※2。
改正規定は合計33条からなり、知的財産権分野における独占行為について補足し、知的財産権の濫用による独占行為の認定、関連市場の定義、標準規格及び標準必須特許に関する独占行為等の面から修正を行っている。本稿では、改正規定の修正ポイントを紹介する。なお、特に表記しない場合、引用条文は改正規定の該当条文を指すものとする。
■ 知的財産権における独占行為に関する改正
旧規定第3条では、知的財産権の濫用による競争の排除又は制限とは、事業者が独占禁止法の規定に違反して知的財産権を行使し、独占合意を実施し、市場の支配的地位を濫用する等の独占行為を指すものとされている。
この点について、改正規定は、知的財産権の濫用による競争の排除又は制限とは、事業者が独占禁止法の規定に違反して知的財産権を行使し、①独占合意を達成し、②市場の支配的地位を濫用し、及び③競争効果を排除又は制限する又はそのおそれのある事業者の集中等の独占行為をいう、と明確にしている(第3条)。
上記③について、知的財産権に関わる事業者の集中の審査は、独禁法第33条に規定される要素と知的財産権の特徴を考慮しなければならず、取引の具体的な状況に応じて、以下のような制限的条件が付加されることがあると規定している(第16条)※3。
1) 知的財産権又は知的財産権に関連する事業を分離すること
2) 知的財産に関連する事業の独立した運営を維持すること
3) 合理的な条件で知的財産権をライセンスすること
4) その他の制限的条件
■ 知的財産権における独占行為に対する定義や判断要素
1. 「関連市場」の定義
改正規定は、関連市場について、独禁法及び国務院独占禁止委員会による「関連市場の定義に関するガイドライン」(2009年5月24日制定)に基づき定義し、知的財産権やイノベーションなどの要素の影響を考慮するものとしている。また、知的財産権のライセンス等の独禁法執行に関わる業務においては、技術市場(知的財産権の行使に係る技術とその代替可能な同類技術を指すものと解される)や特定の知的財産権を含む製品市場とすることができる旨が規定されている(第5条)。
2. 関連市場における「支配的地位」の有無に関する判断要素
改正規定は、知的財産権を所有する事業者について、関連市場における支配的地位を有するか否かを認定する場合、①関連市場での取引相手方が代替関係を備える技術又は製品に移行する可能性や移行コスト、②下流市場で知的財産権を利用して提供される商品に対する依存度、③取引相手方の事業者に対する牽制能力などの要素を考慮することができると規定している(第8条3項)。
3. 知的財産権のライセンス等の「不当な高値」に関する判断要素
改正規定では、市場での支配的地位を有する事業者が、不当な高価で知的財産権をライセンスすることや知的財産権を含む製品を販売することが禁止されている(第9条1項)。
「不当な高価」に対する判断の要素に関して、国務院独占禁止委員会による「知的財産権分野に関する独占禁止ガイドライン」(2019年1月4日制定)第15条では、①ロイヤリティの算定方法及び知的財産権に係る製品の価値への寄与度、②事業者のライセンスに対する保証(条文上は「承諾」)、③知的財産権のライセンス履歴又は比較可能なロイヤリティ基準、④不当な高価を招くライセンス条件(知的財産権の地域範囲又はカバーされる範囲を超えてロイヤリティを徴収すること等を含む)、⑤包括ライセンスの際に、期限切れ又は無効とされる知的財産権についてロイヤリティを徴収するか否か、を規定している。
この点について改正規定は、補足的に「当該知的財産権の研究開発コスト及び回収期間」の要件を規定している(第9条2条)。
■ 独占合意におけるハブアンドスポーク条項の追加
独禁法第19条は、事業者が他の事業者による独占合意の形成を手配し又は他の事業者による独占合意の形成のために実質的な幇助をしてはならない旨を規定している。同条は、中国独禁法上、ハブアンドスポーク型※4に関する初めての規定と思われる。
これに応じて、改正規定は、事業者が知的財産権を利用する場合も、ハブアンドスポーク型の独占合意に該当する旨を規定している(第6条2項)。
なお、独占合意を達成するために、他の事業者による独占合意の形成を手配し又は実質的な幇助をする主体は、同じ事業者である。これに対し、業界団体等が当該行為を行った場合、独禁法第21条(業種協会の独占行為主導の禁止)が適用される。
■ おわりに
改正規定の施行に伴い、知的財産権分野において、当局による独禁法執行及び企業のコンプライアンス管理に対し、大きな影響が生じる可能性がある。
また、改正規定第19条には、標準規格の制定と実施におけるFRAND宣言、適時充分開示の原則及び善意交渉原則等が規定されている。これらの宣言と原則は、「標準必須特許分野の独占禁止ガイドライン」において、更に詳しく規定される予定である。同ガイドラインの意見募集稿は既に公開されており、今後、標準必須特許に関する重要な法的根拠になることが想定される。
※1 国際商事法務Vol.43,No.5(2015)746頁~747頁参照。
※2 https://www.samr.gov.cn/zw/zfxxgk/fdzdgknr/fgs/art/2023/art_e155397fbe5c4c05ad3c1838c1322ad2.html
※3 例えば、Eaton社の中国現地法人による江蘇瑞恩電気股份有限公司の株式取得取引、Nvidiaによる邁絡思科技有限公司の株式取得取引に対する審査は「知的財産に関連する事業の独立運営の維持」、「合理的な条件による知的財産権ライセンス」という条件で承認された。http://amr.gd.gov.cn/gkmlpt/content/4/4145/post_4145316.html#2318
※4 ハブアンドスポークは、元々アメリカ法上の概念であり、競争者間での直接の意思連絡を欠くものの、車輪のように、ある事業者を軸として、複数の取引先とそれぞれ合意を締結し、取引先間で協調行動や合意を結ぶことなどを指す。